僕達の願い 第34話


東京都心にやってきた俺たちは、とある場所でじっとその時を待っていた。
もう7月も半ばにかかろうと言うこの時期、東京は蒸し暑く、木陰とはいえ立っているだけで汗が噴き出してくる。大きなビルが乱立し、交通量も多い為か、空気が淀んでいて、それがさらに不快感を募らせた。
そう、戦争前の東京はこうだったのだ。
綺麗なビルが乱立し、道路はごみ一つなく、行き交う人たちの顔も何処か明るい。
当然、殆どが日本人だ。
戦後とは違う光景。
倒壊したビルなど一つもない。水もガスも電気も当たり前のようにひかれており、道路も綺麗な物だ。公園内に無縁仏の墓が乱立する事も無い。薄汚れた衣服を着て、お腹を空かせている子供もいない。飢え死にや凍死するものも少ない。ブリタニア人の憂さ晴らしで暴力を受けることもない。
この当たり前の平穏が、2010年8月10日に終わのるのだ。
その日まで1ヵ月を切り、もう時間がないと扇は焦っていた。
正義の象徴であり、世界唯一の軍隊副司令だった自分が日本を救わなければいけない。ゼロほどではないが、自分は日本人にとって英雄で、指導者なのだから。
そう言いながら、何かいい案はないか、ルルーシュさえ押さえれば勝てるんだ。シュナイゼルなら必ず交渉に応じるはずだと、苛立ちをこめて怒鳴る事が増えていた。
まだ宰相の地位についていない皇子が、テロリストにもなっていない弟を引き渡す条件に日本を扇に?あり得ないだろうと鼻で笑いたいところだった。
そんなある日、いい考えを思いついたと扇は俺たちを集めた。
今いるこの大きな公園の一角に。
いい考えとは、今から1時間後の正午に毎日放送されるているテレビ番組の人気コーナーの一つ、街角で行うクイズの生中継を利用し、未来を知らない日本人と政府に訴えると言うとんでもない物だった。
かつてゼロがテレビジャックを行い、日本人に、世界に訴えかけていたように、自分たちもテレビを通し訴えればいいと言うのだ。
もちろん俺と井上は止めた。
未来はどうあれ、今は戦争前で、何より俺たちはただの学生だ。
そんな学生の話、突然未来の話をした所で誰も信じない。
妄想だと、中二病だと笑われて、終わるだけだ。
普通に考えれば解る事なのに、彼らは聞く耳をもたず、どう説明するかを真剣に話し合いはじめたのだ。
自分たちは数多くの奇跡を起こしたのだ。
この程度何でもないと平然と口にする。
それはゼロの手腕あっての奇跡だろうと、喉まで出かかったが、俺たちは口を閉ざした。もし言えばギアスのせいにされるだけだ。
大体そのギアスも良く解らない。強力な暗示の類だとは思うのだが。
俺と井上は「ブラックリベリオンまでしか知らないから、いい案は思いつかない」といういつも通りの逃げ口上を口にすると「ああ、そうだよな。やはりこういう事は上に立った事のあるものでなければ分からないだろう。元首相の俺と、側近だった二人で考えるから、二人は何か飲み物を買ってきてくれないか」と言われた。
話しをして喉が渇いたのだと言う。
そして、いつも通り俺と井上で買い物に行かされることになった。
いつも通り、お金を出すそぶりもない。

「何処かファーストフード店に入れば、涼しいのにね」

井上は、ハンカチで流れ落ちる汗をぬぐいながらそう言った。

「ルルーシュの手の者がどこにいるか解らないからだろ?まあ、こんな話を店内でやったら、間違いなく変な目で見られるしな」

俺も手にしていたタオルで汗をぬぐう。
酷く暑い。
脱水症状を起こすかもしれないから、多めに飲み物を買うべきだな。
近くの店に入ると、涼しい風が体を撫で、ほっと息をついた。
その時、井上の携帯が鳴った。

「ああ、きっと彼ね」

井上は、少し緊張した声でそう言うと、店の端に移動し、壁を背にした後、携帯を耳にあてた。

「もしもーし、もしもし?もしもーし。聞こえてる?聞こえますかー」

井上は電話の向こうに大きな声で、そう話しかけた。

「もーしもーし?ああ、ごめんね、そちらの声聞こえないみたいなのよ。まあそう言う事もあるわよね。そうそう、丁度良かった。あのね、今から1時間後なんだけど」

井上はやや早口になりながら、1時間後の番組に出ようかと思うから、是非見てね。といい終わると、電話を切った。
そしてほっと息をつく。

「電波の状況悪いのかな?」
「どうかしら?まあ、相手の声は聞こえなかったけど、きっとこちらの声は聞こえてるし、急ぎならまた電話すればいいじゃない」

井上はいくつか操作を終えると、携帯を鞄に仕舞った。
どうだった?と、聞きたげに視線を向けてくるので、俺はポケットからメモ帳を取り出すと、そこに「上出来だ」と書き記した。
すると、肩の荷が下りたと言う表情でほっと井上は息をついて笑った。

ある日、扇達が鞄に入れっぱなしだった俺の携帯を勝手に弄っているのをたまたま目撃した。帰宅してから携帯を弄ってみると妙に動作がおかしく、通話の音も雑音が混じる様になった。だから知り合いの業者にこっそり調べてもらったところ、この携帯が盗聴されている事が解った。正確には、通話をすると、その内容が別の携帯に転送されるよう、プログラムが組まれているのだと言う。
井上を呼び出し、彼女のも調べると、同じ処理がされていた。
とはいえ性能があまり良くないから、大きな音しか拾えない。今の通話でいうなら、井上の声しか拾えていないはずだ。
信用されていないのか、そうでもしなければ人を信じられなくなったのか。
どうやってこういう技術を手に入れたかは解らないが、他にも盗聴器を仕掛けられている可能性もあると、俺と井上はこうして筆談をする事が多くなった。
今の電話は、それを利用した物。
コール音は事前にタイマーでセットしたアラーム。その後こちらから目的の相手に掛けたのだ。もし扇たちが聞いても、知り合いにテレビを見てほしいと言ったのだから、怪しまれる事はないはずだ。

「俺も知り合いに電話して、1時間後見てください!って言った方がいいかな」
「でも、どうせネットに流れるでしょ?それからでもいいんじゃないかしら」
「それもそうだな」

他に仕掛けられているかもしれない盗聴器用の会話を終え、俺たちはさっさと飲み物を買って戻ろうと、店内を歩き始めた。




携帯が鳴り、表示を見ると井上からだった。
何かあったのか?と、俺は眉を寄せ、急いで通話ボタンを押した。
すると、大声で『もーしもーし』という声が聞こえて来て、俺は慌てて耳から離した。耳から離しても十分聞こえるほどの声。怒鳴っていると言っていいレベルの声で、こちらが返事をする間もなく井上は一人で話しだした。そして、一方的に切られる。
何なんだ一体と、思わず呟いたが、そこで聞いた内容は1時間後に俺も知る有名な番組の生放送に飛び入りで出演する予定だと言う物で、あれ?これってまずいんじゃねーか?と思い至り、俺は大急ぎで部屋を飛び出し、話しの解りそうな奴を探した。




一つの部屋に、多くの人間が集まっていた。全員の視線がテレビに集中している。
テレビの画面には、軽快な音と共に、明るい表情のアナウンサーの姿が映り、テレビのマスコットキャラと一緒に、街角に設置したボードを指さしながら、これから行うクイズのルールを説明していた。これは毎日生放送されている人気コーナーで、クイズにはこの場に集まった観客が答える事が出来るのだ。
そして正解すると、豪華賞品がもらえる。
そのため、この特設会場には子供連れの大人から、観光客、大きな荷物を持った若者たちは、旅行中の学生だろうか?そんな人たちが集まっていて『見てください。今日もこんなに多くの方が来てくださいました!』と、アナウンサーが手を向けると、カメラがぐるりと会場内を映し出し、それに合わせて皆、明るい笑顔で手を振ったり、自分をアピールしていた。中には近くに自分の店があるのだろうか。店をPRする看板のようなものを掲げている人もいる。
そんな中に、険しい表情をした異質な人物が3人映し出されていた。
その姿に、思わず息をのむ。
車いすに座った少年は、すっと目を細めた。
扇を中心に、南と杉山がそこにいたのだ。
クイズ番組にはふさわしくない表情の彼らから、すぐにカメラはそらされた。

『では、今日はどなたに答えてもらいましょうか。今は夏休みという事もあり、お子様を連れた方や、学生が多く来てくれたので、ここは普段参加できない年の方を選びますか。じゃあ、そこの少年!そう、君。一緒にいるのはお姉ちゃんかな?』

小学生ぐらいの男の子と、中学生ぐらいの女の子をアナウンサーは選び、手招きした。マスコットキャラクターがその二人の元へ行き、前へどうぞと、身ぶり手ぶりで促す。
不穏な空気を出している扇たちを見て、今日は子供を選ぶからあなた達は対象外ですよ。と言外に伝えたようにも見える。
カメラは選ばれた二人と、設置されたボードを中心に固定され、にこやかな笑顔のアナウンサーが緊張している二人にマイクを向けた。

『お名前は?』

アナウンサーが少年に尋ねた時、周りがざわめいた。

『失礼。大事な話があるのでマイクをこちらに』
『え?』

驚き視線をそちらに向けると、扇を先頭に南と杉山がカメラの前に移動してきた。そして選ばれた少年と少女を押しのけ、カメラの前に出た。

『何なんですか!?困ります!』
『いいから貸してください。大事な話なんです』

アナウンサーから杉山はマイクを奪い、扇に渡した。阻止しようとしたマスコットキャラは南に押し倒され、重心の悪いきぐるみのせいで自力で立ち上がれなくなっている。
他のスタッフが集まり、三人をどうにかしようとするが、いつの間にか南がカメラを奪い取り、扇にピントを合わせていた。

『あなた達!何をしているか解っているの!?警察呼んで警察!!』
『カメラを返せ!!』
『静かにしてください。大事な話です。自分はこれから起こる未来を知っています。いいですか、今年の8月10日に戦争が始まります。ブリタニアが日本に攻めてくるのです』

扇は日本が戦争に負け、ブリタニアの植民地となる事を話し始めた。それがどれほど酷い物か。ブリタニア人にどれほどひどい扱いを受けるのかを。放送が切れなかったのは、やはりテレビという特性からだろうか。これはこれで話題になる可能性もあると判断されたようだった。
その場にいたスタッフも、話しが目的なら下手に争ってけが人を出すよりも、警察が来るまでそのままにしようと、三人の動向を見つめていた。

『徹底抗戦を訴えていた枢木首相の自決後、日本は1ヵ月と持たずに敗戦する。ですがブリタニアと交渉し、戦争を回避する方法が一つだけあります』

サイレンが近づいてきたが、それでも扇は逃げなかった。
自分は正しいのだ。
必ず皆は自分を理解し、つき従ってくれる。
そう信じているのだ。
過去でそうだったように。

『ブリタニアの皇族、ルルーシュが今、日本にいるはずです。ルルーシュを捉え、ブリタニアと交渉するのです。幼い見た目にだまされてはいけません、ルルーシュは悪魔のような力があります。あの男がいなければ、失わずに済んだ命がたくさんある。ルルーシュを探してください。そして、日本を救いましょう』

そして、自分がブリタニアと対抗するために作られた世界唯一の軍隊で副司令だったこと、そして戦後最初の首相として皇カグヤとともに日本を復興させたのだと伝えた。
そこまで話した時ようやく警察が到着し、扇たちはあっという間に取り押さえられ、連行された。カメラを取り戻したスタッフと、アナウンサーの姿が映し出されたので、C.C.は無言のままテレビのスイッチを切った。
録画しているから、今はこれ以上見る必要はない。
周りがあまりにも静かだったため、C.C.は辺りを見回した。
皆一様にポカンと口を開け、車いすに少年は頭が痛いのか両目を固く閉ざし、指でこめかみを押さえていた。

「なあ、ルルーシュ」
「言うなC.C.」

聞きたくないと速攻で切り捨てられた。

「・・・ここまで馬鹿だったのか、こいつら」

そう口にしたC.C.の言葉は、そこにいた全員の意見だった。

「流石元テロリスト、やる事が犯罪者だな」

黒の騎士団が正義でありえたのは、そう思われるよう計算したうえで常に行動をしていたからだ。最初の頃テロリストが正義と名乗った時は、人々に失笑されていただろうが、常に悪を倒すという行動を示し続けた結果、人々に受け入れられた。
だが、この馬鹿どもはそんなことにも気付かず・・・いや、忘れたのか、テレビの電波を奪い、こうして正義をアピールすれば皆解ってくれると思ったのだろうか。
もしそうならある意味ルルーシュのせいでもある。
あまりにも簡単に、奇跡を起こしすぎたのだ。
そしてその奇跡に、扇たちは慣れすぎていたのだ。

「くっ・・・これが、日本の首相になった男の言葉だと・・・あり得ない。あり得ないだろう!俺がどう悪魔なのか、どうして首相の自決がきっかけとなったのか、なぜ1ヵ月という短期間で敗戦したの、何より俺を使う理由や、誰とどう交渉するのかまったくもって説明されていない!!これではただテロを起こすために俺を誘拐する協力をしろと言っているだけだぞ!」

もっと要約し、解りやすく、首相の経験を生かした言葉で話すべきだろうが!!!
しかも、副司令や首相の話はただの自慢話だったぞ!!

「KMFやフレイヤ、ダモクレスという未来の兵器の話や、最低でも俺が世界征服した事も絡めていかなければ、誰にも話は伝わらない!」

これがテストなら落第点どころかマイナスだ!

「いや、いま悩むのはそこじゃないだろう」

完全に混乱しているルルーシュのために、C.C.はこの部屋に備え付けられた冷蔵庫から苺ジュースを取りだした。

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